Universality

その生涯において、2000編以上の素晴らしく面白い知的なSF短編小説をものした作家の星新一は、言葉の普遍性について独自の見解を述べている。曰く、星新一は自分の小説がいつの時代にも世界各地で人に読まれ続け、物語を読者に受け入れやすくするためと、外国語に翻訳しやすくするために、まず文から主観的な表現の極みである性的な描写や暴力的表現、感情を殊更に煽る表現などを一切合切排除した。すべての年代のすべての読者層に作品を受け入れられやすくするためである。そして更に、時事的な話題や固有名詞、特定の場所や思想、過激な描写や過剰な表現、こういうものも文から一掃した。星新一世界の登場人物がことごとくエヌ氏やエフ博士、エル夫人といった名前であるのもこのためである。そして、星新一の構築する独自の世界は無機的なのに独特の空気感もあって、文が美しいばかりでなく、短編小説としても、予想外の展開と読後に残る「奇妙な味」がとりわけ秀逸である。そして、星新一の作品は英語に訳しても違和感が全くない。僕はこういう星新一の考え方を自分の仕事上の訳文に時々応用していて、その結果上手くいくときは、訳文がすぐに風化したり廃れたりしない仕上がりとなるし、多分他の自作の訳文よりも普遍性があると思われる。もうひとつ星新一が言っていたのは、着想を得る方法についてである。それは、異質な人や物やアイデアを組み合わせて、そこから更なる発想を組み立てていく方式であるとエッセイで書いていて、なんとすごい作家なのだろうと僕は子供ながらに感服したものである。蛇足ながらつけ加えると、星新一は長編小説もかなり面白い。

R.e.s.p.e.c.t.

英語の「respect」に相当する日本語はない。「respect」は英語では多様な場面で使える便利な言葉だが、日本語には「敬意」や「尊敬」、「敬愛の念」などと訳されることが多いようだ。しかし「敬う」や「尊重する」のほうが訳として相応しいことも多いし、「respected」の場合は「信頼ある」や「人望が厚い」などの表現がより正確な場合もある。「畏敬の念」や「欽慕」、「尊ぶ」という重厚な言い方も日本語にはあるが、僕が通訳をしていた頃はこの単語を英語で聞くと、「日本人はリスペクトがありすぎて日本ではリスペクトするのが当たり前のことだから日本語にはリスペクトという言葉すらない云々」とよくお茶を濁していた。でも、これは一種のご愛嬌というか要するにお世辞である。

Target Audience

僕にとって文を書くときに大事なことは、何をどう書くかだけでなく、誰に向かってその文を書くかということである。ターゲットにする相手によって、僕は文体も使う語句も変えているし、文を書く人は多かれ少なかれそういうことをやっているだろうと思われる。日本語においては、目上の人へ向ける敬語、そして個人的な手紙や社用の文における季節の挨拶といった取り決めが面倒だという人がいるけれど、僕はむしろそれによって過剰に本文を嘘や誇張で飾らなくて済むので、その分日本語のスタイルが合理的だと考えている。

Dialects

日本に住んでいた頃の僕は、高校生活の前半を過ごした関西エリアに行くときには当然のこととして関西弁で話すことになったが、神戸、西宮、大阪とで、多少言葉を使い分けていた。神戸でも阪神元町と阪急御影とでは使っている言葉が微妙に違うし、尼崎にも独自の土着的表現がある。関西では「そうやねん」と「せやねん」を場所によって使い分けている人が多いとも感じる。東京では、地元の言葉に加えて東北地方の方言が多く混ざっているし、その東北地方には東南アジアやアフリカ、中南米出身の労働者も数多くいて、こういうグループも面白い表現や造語の宝庫である。僕が長年住んでいた広島市にも、都会的でクールな言葉や、途方もなく田舎臭い表現があるが、僕はシティーボーイじゃけいつも標準語で話しちょる。(Art by: Andy Warhol)

Living In The Moment

僕は「自由自在」という言葉が好きである。仏教用語だが、自分らしく自由で、心の思うがままに振る舞う、そして、今現在のこの瞬間に生きる、こういうことを意味する。外国の訳語は難解な哲学用語として使われているが、日本ではよく使われる割とありふれた表現である。

Flattery

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人を褒めるときは、具体的に褒めるとより効果的である。例えば、「君は美しい」と言うよりも、「君の瞳は美しい」、あるいは「君のその黄色い服がポリエゾイエローに近いと言うか濃いけど深みがあって、今日の君は更に美しい」と言うほうが形容詞やディテールがある分、相手が信じ込みやすく、従ってそのおべんちゃらで得られる効果も高いと僕は大昔に何かの本で読んだ記憶がある。